食の壁に挑むヴィーガンパティシエに聞きました②

食の壁に挑むヴィーガンパティシエに聞きました②

卵も乳も使わず、誰もが感動するケーキへの道のり

マクロビオティックへの挑戦

N’s KITCHEN(以下、N’s)
次なる技術を求めて、玄米や菜食を中心とするマクロビオティックのカフェを展開する老舗料理店へ転職されたわけですね。

岡田さん(以下、岡田)
はい。はっきり言えば、マクロビオティックの技術を「盗み」に行ったんです(笑)。

N’s
マクロビオティックは、玄米や季節の野菜、豆類を中心とした、自然と調和した食事法ですよね。
ヴィーガンと同じく動物性食材を使わないことが多い一方で、「陰陽(いんよう)」という独自の食材の考え方もある。
つまり、卵や乳製品を使わないだけでなく、素材選びそのものにも制約があります。

岡田
使える素材が限られる中で、どうやって洋菓子としての満足感を出すかが一番の難しさでした。そこのスイーツを食べた時、洋菓子の舌を持っている自分からすると正直物足りなさがあって。
「これ、俺の技術があればもっとおいしくできる」と確信して、転職しました。
開発責任者として新メニューを次々ヒットさせてきたけれど、僕の心は晴れなかった。
それは当時のマクロビスイーツは天然酵母のパンをスポンジ代わりにし、豆腐クリームを挟んだもの。「ヘルシーなフルーツサンド」であって、ケーキとはいえなかったからです。

N’s
子どもが豆腐ハンバーグを食べたて「これ、肉じゃない!」と がっかりした時に似ていますね(笑)。

岡田
まさにそれ!(笑)
体に良くても、子どもが求めている「ごちそう感」がないとダメ。
僕はパン屋じゃなくてパティシエですから、意地でも「誰もが感動するケーキ」をつくりたかった。
特に僕が大切にしたかったのが、日本人にとって特別な存在である「ショートケーキ」なんですよ。


日本では、誕生日やクリスマス、入学や卒業など、何かのお祝いといえば、みんなでケーキを囲みますよね。
その中心にずっとあるのがショートケーキなんです。
昭和の時代から令和の今まで、ケーキ屋さんで一番の売れ筋であり続けている。まさに日本のお祝い文化を象徴するケーキだと思うんですよ。
しかも、ショートケーキの白いクリームと赤い苺って、日本の紅白文化にもつながっていて、日本独特のケーキとも言えますね。
日本の農家さんが大切に育てた、世界に誇るおいしい苺があって、そこにスポンジとクリームが加わる。
すごくシンプルなんだけど、その三つが三位一体となってショートケーキになるんです。
そして、シンプルだからこそ、誤魔化しがきかないのがショートケーキなんですよ。
チョコレートクリームならカカオの味、モンブランなら栗の味がありますよね。
でも、ショートケーキのクリームって、とてもシンプルだからこそ、クリームそのものがおいしくないと全部が崩れてしまうんです。
しかもクリームは、ショートケーキだけじゃなくて、いろいろなケーキの土台になる、とても重要な役割なんですよ。
だから、卵や乳製品が生み出すふくらみやコク、口どけを、植物性素材だけでどう再現するか。そこには、やっぱり長い研究が必要でした。スポンジの配合をゼロからつくり直して、クリームも一からつくり直す。失敗してはデータを集めて、またつくり直す……。それをひたすら繰り返していました。
食材が持っているポテンシャルをどう引き出すか。それを考えて、数値化して、お菓子を科学していく。
パティシエは、そういう仕事なんですよね。
マクロビオティックの「素材を大切にする」という思想を深く学びながら、洋菓子としての「食べた瞬間の圧倒的な満足感」をどう表現するか。ホテル時代とはまた違う、第二の過酷な修行でしたね。

辞めようとしていた時に届いた、17年間ケーキを食べられなかった少女の手紙

N’s
研究に没頭する一方、「王道の洋菓子技術から取り残される」という焦りから、別の洋菓子店への転職をほぼ決めていたそうですね。

岡田
その日、運命の1通の手紙が工房に届いたんです。
『私は17年間、一度もケーキを食べたことがありませんでした』
お祝いの席でもずっとケーキなしで過ごしてきた17歳の女の子が、初めて友達と同じものを食べて同じ時間を過ごせたという喜び、それまで食で苦労してきた人生のすべてが書かれていて、頭を殴られたような衝撃だった。ホテル時代、初めてアレルギー対応のケーキを特注された時のお子さんは8歳、今度は17歳です。
「もし俺がここで研究を辞めて普通のケーキ屋に戻ったら、この子たちの未来の選択肢はまたここで止まってしまう」と。
「人生で初めて食べられました」と言ってもらえる機会なんて、普通は一生に一度あるかないかです。
この時、人生で初めて自分の本当の存在意義を見つけました。
世界に一人くらい、卵も乳も使わない洋菓子を本気で おいしくするパティシエがいてもいい、 と腹が決まりました。

岡田
中途半端は絶対に嫌なので、 「アレルギー対応だから、このくらいの味で我慢してね。」なんて妥協は絶対にしたくない。
誰が食べても「何これ、めちゃくちゃおいしい!」と驚くレベルにしないと、本当の意味で「食の壁(ボーダー)」は壊せないと思った。

組織の中で磨いた技術、そして「自分の城」へ

N’s
マクロビオティックの現場で10年。第一人者となったわけですが、そこからなぜ「独立」という道を選ばれたのですか?

岡田
誰の顔色もうかがわずに、自分が納得できるまで手間暇をかけた「100%妥協のない理想のケーキ」をつくりたい。40代に差し掛かって、もう一度勝負してみようと思ったんです。
そうして2015年4月、神奈川・鎌倉にヴィーガンスイーツカフェ「hal cafe 229」をオープンしました。

hal cafe 229


そして2020年8月、東京・広尾に「hal okada vegan sweets lab(現patisserie)」をオープンすることになったんです。
ただ、オープンしたのがちょうどコロナ禍。さあ、これからというタイミングで緊急事態宣言ですからね。「なんでまたこんなタイミングなんだよ!」って、普通ならそう思いますよね。
でも実際はその逆で、コロナ禍で、食べられるものを探して子どもたちが彷徨わないように、あえてこのタイミングでオープンしようという話になったんです。

hal okada vegan sweets patisserie

こんな不安な時代だからこそ、家の中に小さな「お祝い」や「笑顔」を届けるケーキの役割は、絶対に大きいと思った。
「こんな状況だけど、hal okadaが来たからには、もう大丈夫」って。そんな気持ちでスタートしました。

(③へ続く)

岡田春生 PROFILE

  • 1972年、神奈川県横浜市生まれ。
    名門「ザ・ホテルヨコハマ」のパティスリー部門に12年間勤務し、一流のクラシックな洋菓子技術を叩き込まれる。
    2004年、老舗料理店のパティスリー部門へ転職。まだ黎明期だったマクロビオティックスイーツの開発責任者として10年間にわたり数々のメニューを世に送り出す。
    2015年4月、神奈川・鎌倉にヴィーガンスイーツカフェ「hal cafe 229」をオープン。
    2020年8月、東京・広尾(広尾駅2番出口から徒歩1分)にヴィーガンスイーツ専門店「hal okada vegan patisserie」をオープン。遠方の方はオンラインで注文できます。
    アレルギー対応ヴィーガンスイーツの第一人者として、誰もが同じように食を楽しめる「食のボーダレス」の実現に向けて挑戦を続けている。

  • hal okada vegan patisserie 公式サイト
  • Instagram halokada_vegan_patisserie

きなこ きなこ

カテゴリ
  • N's KITCHENをxで送る
  • N's KITCHENをLINEで送る